「それがぼくには楽しかったから 全世界を巻き込んだリナックス革命の真実 」を読んだ

おはこんばんにちは。なつよ(夏目葉太)です。

読書記録えんとりです。

 

先に言っておくと、UNIXLinuxの経緯に自分なりの解釈が混ざっているところがあります。多少認識違いをしているところがあるかもしれません。私自身はUNIXLinuxの歴史についてもっともっと知りたいと思っていますので、 @infragirl755 にリプライやDMをくださるとうれしいです。あと後半は完全に自分語りになるのでその点はご容赦ください。

 

それがぼくには楽しかったから 全世界を巻き込んだリナックス革命の真実 (小プロ・ブックス) | リーナス トーバルズ, デビッド ダイヤモンド, 風見 潤, 中島 洋 |本 | 通販 | Amazon

 

このブログの読者さんにはもはや説明不要かもしれませんが、一応説明を。

Linuxの開発者であるリーナス・トーバルズ氏の伝記です。2001年に発売されたものです。もう20年前なんですね。

 

なんで読もうと思ったの

お仕事でLinuxを触ることが多く、いつかは読みたいと思っていました。手元に置いておきたいというほどでもなく、とりあえず読んでみたい程度だったので、地元の図書館で借りました。気になる本があったら無料で読める図書館最高。

 

本を読む前のリーナス氏に対する印象

リーナス氏といえば、Linuxの開発者であることはもはや説明不要ですが、たびたび過激な発言や行動をする人物、という認識が私の中でありました。NVIDIAに中指を立てている画像が出回っていますし、「リーナス 暴言」で検索すると割といろいろな記事が出てきます。

gigazine.net

japan.zdnet.com

 

本を読んでみた後のリーナス氏の印象

この本を読んでみて、リーナス氏の印象が大きく変わりました。

 

自分の中で「UNIXに不満があったからLinuxを開発した」という認識があったのですが、実際はリーナス氏はUNIXの考え方に対して非常に肯定的であり、Linuxを生み出すときになくてはならない存在であったという印象を受けました。

また、Linuxをオープンにした経緯も、タイトルの通り「ぼくにはそれが楽しかったから(Just for Fun)」だし、オープンソースソフトウェアに対して実直で謙虚な人物だと思いました。過激な発言や行動をする人物像というのはネットニュースが生み出したものであり、鵜呑みにしてはいけないなぁと反省しています。

自分の容姿(特に鼻)に関して、卑屈というかあまり自信がないんだろうなぁ、という内容が何度かあったのですが、個人的にはそこまで悪いと思ったことはないです。運動するようになったという話もあったので、近年の写真は運動するようになった賜物なのかもしれませんね。

 

自分の経験と重なったところ

自分の経験と重なるなあと思ったことがいくつかあります。(リーナス氏と規模は天と地の差ですが)Linuxを発表してから、リーナス氏の想像を超えて世界中に広がっていくところです。

 

「インフラ女子の日常」を描いてTwitterで発表してからわずか4年後に連載や書籍化の話をいただくことは想像できませんでした。

「おれの描いた漫画を見てくれ、面白くないか?」という自己顕示欲がなかったかといえばウソになりますが、基本的には描いていて楽しかったからです。こういうネタあるあるだよね、と笑ってもらえるのがすごくうれしかったです。

今はそこに「インフラエンジニアという仕事をもっと認知してもらいたい」というのも加わっています。「ITエンジニア=コードを書く、デベロッパーである」みたいな認識がまだまだ多いと感じていて。Infrastructure as CodeやDevOpsの考え方が広まっていて、インフラエンジニアもコードを書く時代だ!と言われているのも知っていますし、私もその考え方が好きです。でも、インフラエンジニアがコードを書くのは、あくまでインフラを構築する手段のひとつでしかないとも思っています。

 

LINEスタンプで使用した画像をgithubに公開しているのも、そのような考え方があってのことです。「公開して大丈夫ですか?」という声をいただくこともありました。不安がなかったわけではありませんが、今のところ、変な使い方をされたという話は私の耳には届いていません。公開した当初の目的通り、Twitterの返信やslackで使って楽しんでいただいているみたいです。とてもうれしいです。利用するのに報告は不要ですので、たくさん使ってくださいね。

github.com

 

Live2Dでモデリングするようになってから、得られた知見をTwitterやこのブログで公開するようになりました。楽しいからです。

natsuyo.net

natsuyo.net

natsuyo.net

モデル作成の依頼や相談が来るようになりました。実際に手を動かしているので、そこの工数やお金はいただいていますが、何よりもモデルをこんなふうに使いたい!という依頼者さんのお話に「楽しそう!」と思ったからです。最近はイラストや漫画、モデリングでたくさんお仕事の依頼や相談が来ていて、何回かごめんなさいしています。ありがたいやら申し訳ないやらです。早くkubernetesに乗って自分をオートスケールしたい。

 

支援したいという奇特な方がいらっしゃいましたら、干し芋のリストをぽちっとしていただけると、買い物に行く手間を活動にあてられますので、とても助かります。

https://www.amazon.jp/hz/wishlist/ls/18J6XF90ZUCQC?ref_=wl_share

 

最後に

何年か前に読んだ「UNIXという考え方」をまた読み直したいなぁと思いました。ほかにもLinuxUNIXの歴史について知ることができる良書ありましたら、ぜひ教えてください。

https://www.amazon.co.jp/UNIX%E3%81%A8%E3%81%84%E3%81%86%E8%80%83%E3%81%88%E6%96%B9%E2%80%95%E3%81%9D%E3%81%AE%E8%A8%AD%E8%A8%88%E6%80%9D%E6%83%B3%E3%81%A8%E5%93%B2%E5%AD%A6-Mike-Gancarz/dp/4274064069

 

 

趣味として福山雅治ファンクラブに入った話

お疲れ様です。

PROになった一発目の記事が非ITネタですみません。

 

タイトルの通りなのですが、福山雅治のファンクラブに入りました。

 

福山雅治との関係

もともと福山雅治はそこまで好きではなかったのですが、トークが好きで、毎週土曜日のラジオはSUZUKIトーキングFM時代から聞いていました。

「ノーパンのままライブしてたらタイミング悪くチャック全開になったけどシャツインの時代だったから助かった」というエピソードが好きで死ぬほど爆笑した覚えがあります。話し相手の今浪さんの引き笑いも好きです。

 

CDは買ったことがなく、曲も有名どころしか知りませんでした。桜坂 とか 家族になろうよ とかぐらいですね。後は それがすべてさ は小学校の時にめちゃくちゃ流行ったので覚えています。

 

ファンクラブに入ったきっかけ

2020年11月のことです。福山雅治が30周年記念アルバム「AKIRA」をリリースされることになって、毎回収録曲をかけたり、アルバムにかけた思いとかをお話されるわけです。その中で「ボーッ」という曲がかかったんです。「ねえねえボーッとしようぜ」から始まってひたすらボーッとしよう、仕事はしない、みたいなことを歌ってる曲です。その時丁度休職してて、そっか人間休んでいいんだな、と思えて、月並みなんですけどめちゃくちゃ心に刺さったのでアルバムをその場でポチりました。福山雅治は毎年年末にライブをやるんですけど、今年はコロナの影響もありオンラインライブだというので、それ目的でファンクラブに入りました。

 

「ボーッ」はYouTubeにもなくてアルバムAKIRAにしか収録されてないっぽいしタイアップもないんですが、死ぬ程名曲なので、聞く人が増えたら嬉しいなあ。

福山雅治、ニューアルバム『AKIRA』収録のオリジナル楽曲「ボーッ」に込めた深~いメッセージとは?(TOKYO FM+) - Yahoo!ニュース

 

ファンクラブに入ったあと

お知らせが黒い封筒に入ってきます。こないだは初めて会報が届きました。夫も初めは「妻宛に黒い封筒が来た…」と怖かったようなのですが、最近は「福山から手紙届いてるよ」と言ってくれたり、「コーヒールンバ、福山もカバーしてるよ」とか教えてくれるようになりました。年末のオンラインライブも一緒に楽しみました。

 

1番良かったのは自分から取りに行かなくてもコンテンツやその情報が向こうから送られてくることですね。今まで自分から能動的に行動するタイプの趣味しか持っていなかったので、元気が無くなると趣味も出来なくなっていました。

 

今度3月にまたライブがあるそうなので参加予定です。いつかリアルライブにも行きたいです。

 

Kubernetes The Hard Wayをやった

おつかれさまです。

Kubernetes The Hard Way(以下KTHW)を一通りやった記録です。

 

なんでやったの

 仕事でKubernetesを触ることになったからです。前から勉強しないとなぁ、とは思っていたけど優先度が低かったので後回しでした。今回いよいよやるかと腰を上げた感じです。

 

前提

KTHWをやる前にKubernetes公式チュートリアルをやっていました。

infragirl.hatenablog.jp

後は社内勉強会に参加して、Kindを使ってちっちゃいクラスタを立てたりしていました。

kubernetes.io

 

どんな環境でやったの

以下の日本語訳のものを使いました。

github.com

 

この日本語訳だとGCPを使用しており、そのまま行いました。(案件がGCPで、GCPにも慣れないといけないため丁度良かった)勉強用のプロジェクトを建ててそこにリソースを建てる形です。ちなみに会社の環境なので自分の懐は痛みませんでした。ありがとうございます。(本社の方に頭を下げながら)

 

クライアント(kubectlやgcloudコマンドを実行するところ)は会社PCのHyper-Vで建てたUbuntuを使用しました。GUIでインストールしましたが、KTHW自体はコマンドベースで進むので、CUIオンリーでも問題ないと思います。実は最初はWindowsでやっていたのですが、掲載されているのがLinuxmacOSの手順なので途中からubuntuに切り替えました。シェルのコマンドとpowershellの変換と、cfsslをWindowsに入れるのが面倒だっただけなので、やろうと思えばWindowsでもできると思います。ちなみにWSLでできるかどうかは試してないのでわかりません。

 

すすめかた

手順はコマンドベースで記載されています。Linuxのコマンドをかじったことがある人なら、コピペすればそれほど苦労なく1週終えることができると思います。

1週終えることではなく、Kubernetesの理解を深めることが目的なので、わからないところや疑問に思ったところはその都度調べながら進めるようにしました。

掲載されているkubernetes公式ドキュメントのリンクを読むのはもちろん、環境変数については実際にどんな値が入っているかechoで確認したり、証明書についてはopensslコマンドで中身を見てみたりしました。

 

途中VPC内に作るサブネットとpod内のサブネット、グローバルのIPアドレスなどたくさんのリソースが登場してこんがらがるので、ノートに図を描きながら進めました。

f:id:okisan2:20210217224622j:plain

 

写経することで頭に入るタイプなので、最初はコピペせずにひとつひとつ手入力していました。これがつまずく原因になるとはこの時は夢にも思っていなかったのであります。ゴゴゴゴゴゴゴ

 

つまづいた点

09のワーカーノードのブートストラップをするところで想定通りの動作をしなくなりました。具体的には、controllerからkubectl get nodesでworker3台が見えず、「No resource found」と言われてしまいました。workerのkubeletのログを見ると「unable to register node "worker-0" with API server:node is forbbiden: User "system/node:worker-0" cannot create resource "nodes" in API group " " at the cluster scope」というエラーが出ており、どうやらkubeletとAPI Serverが正しく通信できていないことが分かりました。controllerとworkerのping疎通を確認したり、サービスをリスタートしたりしましたが、解決しないので、KTHWの手順を最初から見直し、確認したところ、worker用のCSR(証明書の材料となるもの)を作る段階で、CNに入れる値をミスしていたことが原因と分かりました。KubernetesにNode AuthorizationというNodeの権限管理を行う機能があり、そこで証明書のCNを見ているみたいですね。なので、CNの値をミスると正しくNodeを認証できずエラーとなっていた模様です。

コピペせず手打ちで写経していたのが裏目に出て、コロンとピリオドを打ち間違えていたようです。\(^o^)/うるとらぴえん

 

f:id:okisan2:20210217225923p:plain

f:id:okisan2:20210217230156p:plain

証明書を作り直すところからやり直したりしてみましたが、結局リカバリできず、リソースを消して最初からやり直すことにしました。正直問題を切り分けるまでいろんなコマンドを知ることができたし、周回することでより知識も深まるので良しとしました。

最初からやり直すことで上手くいき、無事最後まで完走することができました。

 

やってみて良かったこと

もともとオンプレミスとVMで育った人間で、コンテナやオーケストレーションが全く違う畑の技術だと思っていました。しかし、実際にKTHWで手を動かしてみたところ、systemdやルーティング、ロードバランサーといった、自分になじみのある知識で構成されていることが分かりました。躓いた時も、トラブルシューティングは「まずログでエラーがないか見る」「ネットワーク的に疎通がないか確認する」といったまず当たり前のことから始まることが分かり、違う畑の技術ではなく延長上にあることを実感しました。「コンテナとは何か?」についてはいまだによくわかっていませんが、これを突き詰めることで「OSとは何か?」(※)に近づいていくのがとても面白いと感じます。

 

※OSとはinitプロセスから始まるものか?→initプロセスから始まるコンテナもあるよ みたいな話

 

KTHW自体はそれほど難しくありません。これを自分の好きな環境で建ててみるのが真のHard Wayなんだろうなと思いました。自前でハードウェアを用意してクラスタを作ってみたら、もっと深く理解できるんでしょうね。今は復職明けでお金が心配なこともあり、購入に至っていませんが、DeskminiかintelNUCでそれぞれいくらになるか試算しています。(´∀`*)

 

おわりに

次は何をしようかな( `ー´)

 

追記:Kubernetes完全ガイド第2版を読み始めました。読み終わったらまたブログ書こうと思います。

 

 

 

ITエンジニアとしての勉強をやめた話

しばらく辞めようと思います。

 

どんな勉強をしていたの

業務終了後に技術書を読んだり、資格取得(AZ-900)に取り組んだりしてました。時間が無いので寝る前とか、早めに出勤して本読んだりとか、昼休みに読んだりとかしてました。

 

なんのために勉強していたの

転職して仕事内容がかなり変わり、分からないことが増えました。分からないなら勉強を増やせばいい!という今思い返すとちょっと浅はかな考えです。また、インフラ女子の日常を執筆する上で中途半端なことは描きたくないという気持ちから、書くテーマについて最低1冊は読もうとしてました。ゼロトラストのテーマの時はゼロトラストネットワーク1冊とか。そりゃどえらい疲れるわぁ(´ー`)

 

なんで辞めるの

休職する程度に身体を壊したからですね。3ヶ月ほど休職して最近復職しました。

あと、この進め方で勉強してるとキリがなくて辛いからです。(´ー`)

 

勉強しなくなった時間は何してるの

夜と朝は寝てます。昼は家事したり、趣味の絵を描いたり、気分がのったら執筆したりしてます。(最近はずっと過去回のリマスターをしてるので、かなり楽です)

かといって技術をキャッチアップする時間が完全になくなったわけではないです。ありがたいことに、業務時間は勉強していいと言われてるので、業務に関することは業務時間にまとめてます。最近はGCPk8sですね。分からないことは多いですが、業務で必要になったらその都度調べてる感じです。調べ始めると止まらないので深追いしないように気をつけてます。

不思議なもので、技術書を読まないぞ!と決めると、本当に読みたいものが分かってきます。先日は日経Linuxを買ってしまいました。日経Linuxは趣味成分多めなのでセーフ(?)

 

結論

むりはいくない(´ー`)

 

 

1人の女性がインフラエンジニア兼漫画描きになるまで

おはこんばんにちは。

最近TLでよく見る、女性エンジニアになるまでを綴った記事について、私自身も書いてみたくなったので、書きました。

感銘を受け、私自身の記事も書こうと思わせてくれた記事一覧も合わせて置いておきます。

note.com

note.com

 

womeneng.jp

 

blog.chaspy.me

 

自己紹介

インフラ系エンジニアとして働く29歳です。

オンプレミスやVMDebian GNU/LinuxをのっけてメールサーバやDNSサーバを動かすお仕事をしていましたが、昨年転職して、AzureやGCPk8sを毎日勉強中です。

絵を描くのが好きで、本業としてエンジニアをする傍ら、「インフラ女子の日常」という漫画を執筆しています。(現在、書籍化作業中です!)

気になる方はTwitterで #インフラ女子の日常 で検索してくれるとうれしいです。

 

誕生~中学生まで

1991年(平成3年)生まれの29歳です。Twitterではよくおっさんを自称していますが女性です(ややこしくてごめんね)富山県生まれの富山育ちで、現在も富山在住です。

3人兄弟の末っ子として生まれました。両親ともに共働きで、一言でいえば昭和の価値観の家庭でした。「大学に行くのはお金の無駄」「外孫より内孫」と言うタイプの人たちでした。正直、現在は両親と仲良しとは言い難く、微妙な関係にあります。

 

物心ついたときから絵を描くのが好きです。保育所の卒園アルバムには「ポケモンをかくのがいちばんじょうずです」と書かれたぐらいです。小学校に入ってからも図工の成績が良く、何回か賞も取った覚えがあります。

 

コンピュータとの出会い

小学校にはコンピュータ室があり、一太郎スマイルがインストールされていました。そのソフトの中に、「たこたこエイリアン」というタイピング練習用のゲームがあり、休み時間にハイスコアを出すのにハマりました。

父親はIT職ではありませんでしたが、PCを持っていました。私が「タイピングが上手くなる方法はないか?」と尋ねたところ、渡されたのが古いPCとTypeQuickというソフトのフロッピーディスクでした。実機は廃棄してしまったため、詳細な機種名はわからないのですが、おそらくPC-9821Ne3ではないかと思われます。当時の時点でWindows2000が発売されており、Windows 3.1を搭載したPC-98シリーズはボロくて分厚いPCという印象でした。一緒に手渡されたTypeQuickはMS-DOS汎用版だったので、黒い画面に緑と白の文字は、GUIが当然な世代の私にはとてもシンプルに見えました。

 

中学校ではYahoo!メッセンジャーSkypeで同級生とおしゃべりしていました。実家では相部屋で、自分だけの空間とかプライベートがなかったので、夜更かししておしゃべりする時間が何よりも楽しかったです。この頃からオタク文化にも染まりだし、pixivにイラストを投稿したり、地元の同人誌即売会にペーパーを出したりするようになりました。ペーパーにSNSの連絡先を書いておいたら、コメントが残っていてとても嬉しかったです。このころのパソコンは自分の知らない世界を提供してくれるもので、サービスやプログラムを作るものではありませんでした。

 

高専への進学

高専情報工学科に進学すると、PCが手に入る」、高専情報工学科に進学したのはこんな子供っぽい理由からでした。

幸い中学生の時は成績が良く、地元の高校ならばほぼどこでも推薦が取れるような状況でした。同じぐらいの成績の子は進学校に出願していたので、塾の先生や学校の先生たちからは、「この成績で高専に行くのはもったいない」と言われました。当時は併願可能だったため、進学校高専の併願をすすめられました。ただ、3年生の時の担任の先生は、高専に行きたいという気持ちを第一に考えてくれて、確実に入学できるよう、専願での推薦を進めてくれました。話がそれますが、この先生は「どうしても定期テストで学年1番を取ってみたい」と相談したときに、とても熱心に勉強に付き合ってくれた先生でもあります。「なつよちゃん、こないだのテスト、1番だったよ!頑張ったね!」と言ってくださった時の顔は今でも忘れられません。

 

高専時代

高専の校風はすごく性にあっていて、5年間すごく楽しかったです。

情報工学科なのでコンピュータサイエンスの基礎を学ぶカリキュラムが多かったです。2進数、8進数、16進数の計算をやったり、エンディアンについて学んだり、クイックソートバブルソートなどのアルゴリズムをC++で実装しました。一方で数学と電気工学や物理の時間も同じぐらいあって、当時は「なんでこんなことをやる必要があるんだ…」と思っていました。今考えると、すごく大事だったと思います。どれも社会に出てからはなかなか学ぶ機会が取れないものばかりでした。

 

このような経験から、「高専に進学したい(子供を進学させたい)」という話をよく聞くとかならず「1コマ目:微分積分 2コマ目:物理 3コマ目:通信工学という日が毎週1回あるけど大丈夫ですか?」と言っています。同じ情報工学系の学位をとっている人はわかると思うのですが、1日中数学にどっぷり浸かる日になります。なので、自分の経験上、数学が得意でない人が高専に進学するのは、かなり厳しいと思っています。

 

一方で、実家では「高専はアルバイトOKなんだから自分で稼げるでしょ」と言われてたので、いろんなアルバイトをしました。マクドナルドのクルー、郵便局での年賀状の仕分け、ますの寿司の生産ライン、ラーメン屋、塾の丸付けなどです。

平日はみっちり授業があり、家に帰ってからは課題をやり、土日は朝の5時からアルバイトを入れていました。今よりこの時の方が身体的にずっとしんどかったです。

 

このころから両親の喧嘩が激しくなった覚えがあります。喧嘩を止めに入ったことも何回かあったかわかりません。親がかなり神経質になり、機嫌がどんどん悪くなって、ヒステリックになっていました。ドアをすごい勢いで閉められたり、「嫌なら食べるな!!!」と言われてご飯を目の前で三角コーナーに捨てられたりしました。このような経験があったせいか、自分がお金を稼がずに学生をしていることが後ろめたく感じるようになっていました。「女は結婚したら寿退社するものと思っている会社が多いから、四大に行くと雇ってもらえない。」と日ごろから親に言われていたので、高専を卒業したら就職一択で、進学という選択肢はありませんでした。

両親が本当に四大に行った女性が雇ってもらえないと考えていたのか、進学させたくないがために言っていたのか、今でもわかりません。(四大に行った女性が雇ってもらえないというのが間違っているのは、今ではとてもよく知っています!)

今思い出すと、当時の両親にとっては、子供がもっともお金がかかる時期に突入すると同時に祖父の介護が必要な状態になり、精神的にも金銭的にも余裕がなかったんだと思います。

 

高専に進学後もそこまで成績は悪くなかったので、情報工学を学ぶのは性にあっていたようです。今でも高専に行って本当に良かったと思っています。

 

卒業研究ではmoodleというオープンソースのeラーニングのプラットフォームのプラグインの開発をしていました。環境はpostgreSQL+PHPで、今思い出すとこの時にwebの基本的なところを表面だけでも触れてよかったなと思います。

 

地元のユーザー系SIerへの就職(新卒入社)

 2012年卒、20歳で地元のユーザー系SIerに就職しました。当時はリーマンショック後で、学校への推薦が減っており、「とれる子は自分で内定取ってきて…」と言われていました。3社受けて2社に内定が出ました。工業系の学科ということもあってか、就職活動は苦労しなかった方だと思います。

 

インフラエンジニアとしてのキャリアの始まり

ユーザー系SIerでしたがISP事業も手掛けていて、新卒で配属されたチームがISP事業のネットワークやサーバのお守りをする部署でした。当時は短絡的な思考で、ITエンジニア=プログラマだ!と思っていたので、「プログラムはあまり書かない」と言われてとても驚きました。

techplay.jp

OSはLinux系(Debian GNU/Linux,CentOS,RHEL)で、メールサーバやDNSサーバ、社内無線LANの認証周り(認証局、認証サーバ)の更新・保守が主な業務でした。学生時代は一切Linuxを触ったことがなかったので、コマンドラインの操作に慣れるまでかなり戸惑いました。

会社全体としては女性の割合はそこまで低くないのに、私が配属された部署だけ女性がとても少なかったです。コールセンターの方々を除くと、女性エンジニアは40人ぐらいのところに3人でした。

リプレース作業のために深夜に出勤する機会もたくさんありました。古い建物で夜中に非常口のライトしかない廊下を1人で歩くのは怖かったですが、お陰で胆力が付いたと思います。椅子を3つ並べて寝られるようになりました。笑

 

データセンターに入るのも、最初は怖かったですが、空調に耐えられるようにスカートからパンツ中心のコーディネートにしたり…

 

化粧の時間よりもサーバの稼働時間を気にするようになったり…

 無心でLANケーブルを抜けるようになりました。

techplay.jp

 

実家からの脱出

24歳の時に家を出て一人暮らしを始めました。

個人的な事情を含むのと、自身の中で消化しきれていないため、詳細は書けませんが、両親も含め兄弟も激高すると手が付けられないタイプで、実家で生活するのがかなり辛かったのと、仕事のストレスもあってか神経症と診断されていました。

アパートを契約して1人で過ごした時は、自分の部屋が生まれて初めて手に入ったので、とても嬉しかったのを覚えています。

 

漫画を描き始める

一人暮らしになって、勉強や趣味に集中できるようになりました。4回ぐらい落ちていたAPに受かりましたし、SC受けて一発で受かったら自動二輪の免許取っちゃお!!!と思って受けたら受かりました(自動二輪の免許もちゃっかり取りました)

infragirl755のTwitterで漫画投稿を始めたのがこのころです。久々に絵を描きたくなったのと、部署に女性が少なかったので、「女性のインフラエンジニアの仲間が欲しい」という単純な理由からだったと思います。

なつよ/夏目葉太( ˘ω˘ ) スヤァ on Twitter: "データセンターデビューしたときの話です。 https://t.co/dZl7iNeMY6"

反応を貰えるのが嬉しくて、どんどん投稿するようになりました。フォロワーさんや憧れの漫画家さんに会ってみたくて、技術書典やTechGIRLに参加したりしました。今でも大事な思い出になっています。

2016/6/25開催の技術書典に行ってきました - infragirl’s blog

techGIRLに行ってきたよ - infragirl’s blog

Twitterで刺激を受けて、勉強会やイベントにどんどん参加するようになりました。このころはオンラインでの参加枠はなく、東京や名古屋での開催だったので、高速バスに飛び乗ってよく出かけていました。勉強会自体も楽しかったですし、ついでに観光や博物館巡りもしていたので、仕事の自己啓発をしているというよりは趣味をエンジョイしてる認識でした。

 

転職

Twitterやイベントで沢山の人と交流することで、なんとなく自社の大体の立ち位置が見えるようになってきました。

この辺の経緯は退職時の記事に書きましたのでこちらからどうぞ。

8年間勤めたSIerを退職します - infragirl’s blog

 

これから

転職して、やはりインフラや運用が好きなんだなと改めて認識しました。開発の現場にも入りましたが、「(運用フェーズに入った時のことを想像して)ユーザの管理手順まとめておいた方がいいんじゃないかな…」「こういう監視を組み込んでおくといいんじゃないかな…」というふうに、ついついインフラや運用の視点で考えてしまいます。

ユーザの加除やリソースの操作がコード化され、適切なタイミングで使えるように管理されていることに美しさを感じます。最近はk8sの勉強をしていて、サービスが安定的に動く仕組みがよく考えられているのを知って、うっとりします。☺️

 

今年はついに30代に突入します。子供の頃に想像していた自分よりは、割と面白く楽しい大人になれたんじゃないかと思います。身体に無理がきかないようにもなってきたので、自分のペースでのんびり頑張りたいです。

 

これから女性ITエンジニアになる後輩の皆さんへ

工学部やITの現場はまだ女性の割合は少なく、最近はコロナ禍で新しい出会いも制限され、心細く感じている人もいるのではないでしょうか。外の世界に目を向けてみてください。私の場合はTwitterでした。TechGIRLやWomen Who Codeなど女性向けのイベントやコミュニティもあります。

皆さんが素敵なエンジニア人生を送れますように!応援しています!

Kubernetesの公式チュートリアルをやった

お疲れ様です。

仕事でKubernetesを本格的に触ることになったので、本腰入れて勉強を始めました。

 

自社でKubernetesの社内トレーニングがあって参加したことがあったのですが、ハンズオンについていくので精いっぱいで終わってしまいました。トレーニングから時間が経っていたので、復習もかねて、公式のチュートリアルをやることにしました。

 

kubernetes.io

 

今どきは自分で環境を用意しなくても、無料でwebでターミナルを動かせるのですね。全部ではないですが日本語化もされているので本当に至れり尽くせりだなと思いました。公式チュートリアルはweb上で完結しますが、ローカルで実際の動作を試す方がより理解が深まると思い、Minikubeをローカルにインストールして、公式チュートリアルと動きを見比べつつ進めました。途中、チュートリアルの通りに動かせない部分もありましたが、「本当はこうなるはずなんだな…」と確認にとどめ、チュートリアルを完了することを優先しました。

 

だいたい半日か、長くても1日あれば終わるので、Kubernetesのとっかかりとしてはとてもいいなと思いました。

 

チュートリアルの次はKubernetes The Hard Wayを進めています。inductorくんが翻訳したものを使っています。(ありがとう!)

 

まだ途中なので、無事終われたらまた記事を書こうと思います。

github.com

リングフィットアドベンチャーを始めて1年が経った

おはこんばんにちは。

リングフィットアドベンチャーを始めて1年以上経ったので、経過報告をします。

買ったばかりの人の参考になれば。

注意:本記事は一部ゲームのネタバレを含みます。

 

 

いつ買ったの

2019年11月です。

 

なんで買ったの

いろいろあるのですが、主に以下の理由です。

  • 末端冷え性・低気圧による体調不良を改善したい
  • ぽっこりおなかを改善したい
  • ジムが通える圏内になく、家で飽きずに運動がしたい(youtubeなどで運動を実施していたが、飽きてきていた)

 

どのぐらいやっているの

 メインストーリーは終わり、エクストラストーリーに突入しています。

全然終わる気配がなくて、こっそりステージ数検索したら折り返してもいないことを知りました。「メインストーリー終わったらfitboxing2ほしい」とか思っていたのに。

 

起動頻度としては1週間に2~3回で、毎回20分程度やっています。

運動強度は17ぐらいから始めて徐々に上げ、30まで行きましたがきついので最近は28でずっとやっています。

腕系(いわゆる赤色系の技)はほとんどやっていません。なんとなく好きじゃないからです。ほかの色は好き好んでやっています。

ストーリーは単調ではありますが、敵を倒すという動きがなんとなく自分に合っていたようで、ここまで続くと思っていませんでした。買って良かったです。

 

ちなみにリングフィットアドベンチャーを起動する気分じゃないときは、youtubeのやせるダンスをやっています。この方のチャンネルのをよくやっています。

www.youtube.com

 

効果は出ているの

  • 末端冷え性 → 改善したかどうかわからないぐらい今年が寒い。
  • 低気圧による頭痛 → たまに頭痛に悩まされるのですが低気圧のせいかどうかわからないため、不明
  • ぽっこりおなか → 飯を食べたら腹は出る。ジーパンに心なしか余裕がある、気がする。

 

・・・・本来の悩みが何一つ改善されていませんね!w

でも効果がなかったわけではなかったです。例えば…

 

  • しゃがみポーズが楽になる。家事や洗車などで効果を実感。
  • 肩こりにあまり悩まなくなる。
  • 筋トレが楽しくなってくる。

 

なんだかんだで楽しいので、もうしばらく続けようと思います。